シルカ班旅行記・その2

【チタ→シルカ[日食前日] 】

 

●3/7 気象観測所,チタ〜シルカ

 

■ラジオゾンデもらっちゃった

 イルクーツクでは、どんよりとした天気でしたがここチタでは、雲一つない快晴。チタも皆既日食になり、別のコースの人がここで観測します。9日まで、この天気が続くといいのですが。そこで、どんな天気になるかを町の北西にあるチタの測候所にうかがいに行きました。測候所では、今の気温はマイナス17度とのこと。うーん、本番もこの程度だったら全然、問題ないぞ。デジタルカメラのDS-505Aもちゃんと動いているし。

ラジオゾンデ
【ラジオゾンデを手に入れた】
どこで使えばいいの?

 ちなみにチタの過去の最低気温はマイナス51度。今年の最低気温はマイナス40度だったそうです。ラジオゾンデを気球で上げて、上空の気温なとも調べているそうです。おみやげに使い古しのゾンデをもらってしまいました(^^)

 さて、肝心の日食当日の天気予報はチタは9日は午前中いっぱいはこの天気が続き、9日午後には雲がでてくるかも知れません。シルカは9日まで、このままの天気が続くでしょう。とのことでした。ヨシヨシ。これで4連勝を飾れそうです。あとは機材がうまく動いてライブ中継がうまくいけば、大成功でしょう。

 

■やっぱり、いた

レーニン像
【レーニン像】

 チタの中央広場には、やっぱりというか、何というかレーニン像が立っていました。

 東欧諸国では、東欧革命時にレーニン像は次々と引き倒されましたが、ご本家ではまだまだ健在です。でも、像を拝みに来たり、写真を撮ったりするような人はいませんでした。また、町中には政治的スローガンのポスターなどは目に付きませんでした。
いまのチタの人たちにはレーニンとはどんな存在なのでしょう?

 今晩は、いよいよシベリア鉄道に乗って、シルカに乗り込みます。

 

■インマル使用OK!

 夕方,森さんが電波管理局にチタ市内の旅行代理店まで来るよう呼び出されました。インマルの使用について検討した結果,使用を許可するという通達でした。良かった,良かった。

 

■なぜかおちつくシベリア鉄道 【チタ→シルカ】

チタ駅のホーム
【チタ駅のホーム】
線路を横切ってホームを移動します

 シルカからチタまでの移動にシベリア鉄道を利用しました。1部屋4人の相部屋で,部屋の入り口の左右に小さな2段のベッドがついています。噂通り確かに狭いのですが,妙に落ちつくのは生まれつきの貧乏性のせい?早速トイレを覗いてみましたが,予想以上にきれいでがっかり(?)。トイレは出したモノをそのまま線路上に落とす仕組みで,駅の近くでは鍵をかけられてしまい使えなくなります。部屋の明かりを消すと窓の外は真っ暗で,澄み切った空には一面に星が輝いています。これぞ銀河鉄道と,星を眺めながら眠りにつきました。

 

■凍った河の上から見上げる星,星,星

 チタに到着したのが夜中の1:50。列車の停車時間が短いため,荷物の積み下ろしは現地の人たちが注目する中ツアー参加者全員によるリレー方式で行いました。駅からホテルまでの移動途中,凍った河の上でバスを止めてもらい星空を見上げました。回りには人工の明かりが一つもなく,空一面にびっしりと張り付いた星々が今にも落ちてきそうです。ヘールボップ彗星も肉眼でハッキリと確認でき,眠気も吹っ飛びました。

●3/8 観測場所での予行練習

 

■徹夜の予行練習

ノートパソコン
【映像送信用ノートパソコン】
低温のため液晶画面が暗くなってます

 深夜のホテル到着後,Live Eclipse '97関係者はそのまま朝の予行練習についてミーティングを行いました。使用する機材のチェックや行程の確認などを行っているうちに朝になり,7:00にバスで観測予定地に向けて出発。ホテルから観測地までは結構離れており,到着したのは8:00を少し過ぎた頃でした。天候は快晴,気温は-24度。9:00から動画の送信テストを行う予定になっていたため,急いで機材のセッティングを開始しました。

 コード類はあまりの寒さでがちがちになり,無理に曲げようとするとポキンと折れそうなくらい。各機器の接続を確認し,全ての機材を立ち上げましたが,一向に画像があらわれません。画像切り替えの回路がうまく働いていないことがわかったので,この回路を通さずに直接ビデオカメラの映像を送信しました。周辺の景色に続いて望遠鏡でとらえた太陽の映像を送信し,いろいろセッティングしているうちにバスの運転手が早く終われと私たちを急かしだしました。どうやら朝早くから働かせられていらいらしていたようです。画像受信を日本側のスタッフに確認する時間もなく,しかたなくホテルに帰りました。

 

■映像受信確認!

日本に衛星電話している
【インマルで日本に電話】
シルカから日本への唯一の連絡手段

 昼食後,日本で画像が受信できたかどうか確認するため,インマルサットを使って日本に電話しました。ホテルの管理人に事情を説明し,工事中の最上階の衛星の方向に大きな窓のある部屋で送信機を組み立てました。日本に連絡すると画像は受信できたという報告があり,一同ほっとしました。
 日本側スタッフの興奮がこちらにも伝染し,ここで再度画像送信の実験と午前中に送信した太陽の画質が良くないという問題について対処することになりました。ビデオカメラで撮影した辺りの画像を送信しつつ,太陽撮影用の望遠鏡の調整を行いましたが,画質は一向に良くなりません。どうやら望遠鏡に接続しているCCD自体の問題のようでした。夕方になり,太陽を撮影できる時間も少なくなってきたことから急遽方針を変更し,作業の様子の記録のために持ってきたビデオカメラで太陽を撮影することにしました。ビデオカメラそのままでは最大に拡大しても太陽が小さくしか写らないので,割り箸などをつかって直径の異なるコンバージョンレンズをうまく取り付け,太陽を撮影してみました。結果は良好で,くっきりとしたコントラストで太陽をとらえることに成功しました。衛星経由でファイル転送が可能であることも確認し,実験を終了,インマルの送信機を片づけたその時.....

 

■電波管理局,再び

 黒ずくめの服で身を固めた引き締まった体の男が5人,私たちのツアコンと一緒に乗り込んできました。その中の一人の顔には見覚えがありました。電波管理局の役人です!乗り込んでくるなり,今何をしていた,機械を見せろ,使用している電波の周波数を答えろ,今日は何時間使った,とまくしたてます。後から聞いた話では,どうやらチタの空港で私たちにインマル送信機を引き渡した直後,2時間ほど出所不明の電波をとらえ,容疑者として私たちが疑われていたそうです。私たちが役人の質問に答えている間,屈強な体の男たちが隣の部屋に何やら測定装置らしきモノを運び込み,セッティングし始めました。測定を行うので,送信機を電波の出せる状態に組み上げるよう指示され,片づけたばかりの送信機を再度組み立てました。数十分間,測定と協議を繰り返し,ようやく疑いがはれたのか送信機を片づけて良いと指示されました。しかしマニュアル類はコピーされ,明日の本番ではこの電波管理局員が立ち会うことになりました。

 

■各国の観測グループ続々登場

 電波管理局の突然の訪問のおかげで,シルカ市主催の歓迎パーティーに遅れてしまいました。会場ではすでに食事が始まっており,シルカに観測に出向いた各国の観測グループが顔をそろえていました。日本からは私たちの他に後藤光学の映画撮影隊,アメリカからはTinka Rossさんのグループ,その他数グループが集まっていました。食事が終わった後,LE'97グッズの販売を行い,好評のうちに完売しました。

 

★おまけ・その2★

●ロシアの食事

 ロシアに来て意外だったのは,食事の味付けがなかなか日本人好みでおいしいということです。特にハム,サラミの類は絶品で,ポテト料理もなかなかいけてます。朝晩問わず食事には必ずチャイ(紅茶)とパンがついてきます。チャイはお店や時間帯によって味が異なりますが,ほとんどの場合最初から砂糖が入った甘い状態で出されます。コーヒーを飲む人は少ないようで,頼んでもないことが多く,あったところでコーヒー風の甘い飲み物しか出ませんでした。テーブルの上には塩,胡椒に混ざってとうがらしが置かれており,ウォッカに入れて飲むのだそうです。

サラダ

ビール

魚

●デジカメ大うけ

ターニャ
【ターニャ】
日食観測に来ていた地元の女の子です

 今回の旅行には,富士写真フィルムのデジカメを2機種もってゆきました。1台は民生用の小さい液晶画面付きの物,もう1台は業務用の物で見た目はちょっと大きな一眼レフという代物です。両方とも良く働いてくれましたが,現地の人たちに受けたのは液晶画面付きの方。ビデオカメラにしては小さすぎるし,スチルカメラにしては液晶画面がついていて変なんでしょうか,「なにこれ?ビデオ?」と聞いてきます。百聞は一見にしかず,その人の写真をぱっと撮影し,その場で撮影したばかりの画像を見せると非常に驚いてくれ,その後話が弾むこと請け合いです。

 

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